
2000年頃から尺ヤマメ(尺アマゴ)を求め釣り歩いてきました。あの川に尺ヤマメが居ると聞けばすぐに足を運び、向こうの川にも尺ヤマメが居るそうだよと耳打ちされればひっそりと川に立つ、今から思うと随分と節操のない事もしてきました。
いろいろと衝突をして嫌な思いもしましたし、逆に嫌な思いをさせてしまったこともあったと思います。そんな事を考えると少し自己嫌悪に陥ったりもしました。
それでも尺ヤマメへの想いだけは微塵も揺らぐことはありませんでした。
友人曰く「尺ヤマメは人間関係を壊す」だそうです。まさしく言い得て妙だと思いました。
違う友人に話したところ、じゃぁ「尺イワナは人間関係を友好にする」と返してきました。なるほど、これまた妙に納得させられました。
数年前まで毎年ヘンリーズフォークに行きレインボートラウトの釣りを楽しんでいる友人は、下流へ疾走するレインボーにリールが逆転し奏でる音色はなんとも言えず気持ちのよいものでファイト中は無心で存分に楽しめる、でも尺ヤマメを掛けた時のヒリヒリとして自然と腰が引けてしまうあの感覚にはならないと言っていました。
この感覚、確かに尺ヤマメ以外には感じたことはありません。

ミッジフライが口の皮一枚にちょこんと掛かっています、ファイト中にこれを見てしまうともうそれは悲劇としか言いようがありません。まず肉切れでバレてしまうということが考えが頭を過ります。早めにネットインしたいと考えますが、細いティペットを使っているのでどうしても強引なファイトが出来ません。このジレンマが物凄いストレスを生みます。スピーディーでトリッキーな疾走に腰を折りただただ耐えるのみ、ヤマメ特有のローリングを繰り返されるたび鼓動は高鳴り、絶対に針を外されたくないという気持ちは身体を硬直させます。兎に角、この状態からいち早く抜け出したいという衝動に駆られ、ファイトを楽しむ余裕など殆どありません。
尺ヤマメを釣るため一生懸命になっているのに、いざ掛けてしまうとストレスを感じてしまうという、本末転倒というかもう何が何だか分からない状態に陥ります。

しかし、だからこそ、ネットインした時の喜びは尋常なものではありません。
ファイト中のストレスから解放された喜びと尺ヤマメを手に入れた喜びが重なり、体の穴という穴すべてからアドレナリンが放出されるような、決して日常では味わうことのない強烈な歓喜を手に入れることが出来るのです。
ネットインしてからは一転して穏やかな精神状態の中、とても緩やかな時間が流れて行きます。つい数分前まで流れの中でライズしていた魚が目の前に横たわっている現実に安堵し、最高の一枚を手に入れるべくいろいろな角度からシャッターを切ります。ファインダー越しに見るヤマメはいつもキラキラと輝いていて、いつまでも眺めていたい衝動に駆られますが、最後は優しく手を添え野生の命を感じながら再び流れの中へ帰します。

フライフィッシングの対処魚は沢山います、そのどれもが素晴らしいターゲットと言うことも余裕に想像がつきます。実際にフィールドに立てば、やはりどんな釣りも最高に面白いものです。
しかし自分の中では尺ヤマメが唯一無二の存在でした。30㎝足らずの魚体に秘められた圧倒的なスピード、釣り人を翻弄するその俊敏性、均整のとれたプロポーションに凝縮された自然美、危険察知能力にも優れ、フライを見切るIQの高さは超一流です。
手にすることは難しいけれど決して手に入れられないものでもない、この絶妙な距離感がターゲットの価値をより一層引き上げてくれています。
尺ヤマメを追いかけて18年が経ち、少しは近づけたように思っていましたが、今年(2018年)は僅か一匹しかこの手に収めることができませんでした。ホント難しいです。まだまだ精進しなさいということなのだと思います。
October/2018